概要
退職合意書(severance agreement)は、各社が使用している「雇用法ツールキット」の中でも、極めて重要なツールである。 経営幹部は、法的必要条件と会社の目標を理解せずに、インターネットからテンプレートをダウンロードしたり、または以前使ったことのある合意書を利用したりすべきではない。退職合意書は、退職・離職した従業員が会社に対して主張し得る権利を効果的に放棄させるものでなければならない。さらに、同合意書により、会社が決定すべき他の問題点にも対処すべきである。会社が退職合意書を作成したところで、そのような対処もせず、従業員が署名した効果的な権利放棄書(条項)も含まれていなければ、それは単なる「紙切れ」にすぎない。
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退職(離職)合意書(severance agreement)(以下「退職合意書」と呼ぶ)の草案は、簡単に書ける。昨年弁護士が作成してくれた合意書を使って、そこに書いてある氏名と退職金を変更すればよい。または「severance agreement」という言葉をGoogleで検索し、インターネットでテンプレート(定型書式)を見つけてそれを使えばよい。
問題は、人事プロフェッショナル、CFOまたはCEOが、いかに早く退職合意書を作成できるかということではなく、同合意書に拘束力があり、それにより訴訟を回避し、貴社の目標を達成できるかである。貴社が、退職(離職)した従業員と退職合意書を交わしていたとしても、同合意書が、拘束力もなく、訴訟の回避にもならず、目標も達成できないようなものならば、それはまるで同従業員が後に弁護士を雇って訴訟を提起するために十分な資金(退職手当)を手渡したようなものである。従業員が合意書に署名してから退職(離職)してもそれに法的拘束力がなければ、その後方向転換をして、貴社を訴えることもあり得るだろう。
それでは、貴社の課題と目標とは何だろうか?どのような文言で貴社を守ればよいのか?
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合意書には、権利放棄条項を含めなければならないか? 含めなければならない。従業員は、特定の権利を放棄することができない。たとえば、従業員は、連邦雇用機会均等委員会(Equal Employment Opportunity Commission)において差別を理由に苦情申立てや提訴をする権利を放棄することはできない、と合衆国最高裁判所は述べている。従業員は、州の労働者災害補償法により付与された権利、または退職合意条件を履行する権利を放棄することはできない。
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会社(雇用主)は、退職合意書により、その知的財産を保護しているか? ほとんどの場合、退職合意書の定型書式には、「本合意書は当事者間の完全な合意である」という標準規定が含まれている。このような文言が記載されているだけで、従業員が会社の雇用時に署名している、機密・企業秘密保持、発明など知的財産権の帰属、競業禁止、勧誘禁止および⁄または従業員の引き抜き禁止に関する契約書に従い、会社が従業員に対して行使できる権利がすべて消滅してしまうことがある。したがって、会社は、従業員の保護特性と会社が保護すべき従業員の行為について検討・判断する以外に、(従業員が退職合意書に署名する前に)従業員にどのような契約上の義務があるのか、およびかかる義務が雇用終了後も存続するか否かを確認する必要がある。
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会社が従業員に対してセクシャル・ハラスメントに対する請求権の放棄を望む場合はどうか? 従業員がセクシャル・ハラスメントを理由とした請求権を放棄することに合意する場合、会社は、連邦法と各州法の両法律を遵守しなければならない。まず、会社は、内国歳入法(Internal Revenue Code)に従わなければならない。本法の下で、従業員から放棄書を受け取ると、会社は、従業員に支払う退職手当をビジネス経費として税金から控除できなくなる。次に、セクシャル・ハラスメント訴訟で、会社と従業員の間で和解が成立する際、和解に関する従業員の機密保持条項を和解合意書に含めることを禁じる州もある。
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しかし、会社が、退職の事実と退職手当について機密保持を望む場合はどうするか? 何らかの制約がある場合を除いて、会社は「当該従業員は退職の事実と退職手当の金額を同僚に共有しないことを保証する」という文言を合意書に記載することができる。さらに、従業員の家族や納税申告代理人に開示する場合、および裁判所の手続上開示が必要な場合などは例外とするが、従業員に、退職の事実および退職手当の金額を開示しないことを約束させることができる。
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雇用主は、退職合意書の中で、従業員が退職した後も継続して健康保険を給付することを約束できるか? 約束できない。仮に、雇用主が退職後も健康保険の給付を継続しても、保険会社が医療経費を支払った時点で、退職した従業員に保険の適用資格がないことがわかれば、結局、従業員が医療経費の支払責任を負うことになりかねない。しかし、解雇はCOBRA(統合包括予算調整法)の適用要件である。会社は、 COBRAによる保険料を支払うか、または 従業員が支払ったCOBRAの保険料を返済することに合意できる。ただし、会社は、当該従業員にCOBRAの権利について通知し、従業員もCOBRAによる保険の適用を選択しなければならない。
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雇用主は、退職合意書で再就職支援サービスを紹介すべきか?それは、 そのときの状況、会社の文化および市場における会社の評判による。たとえば、会社は、解雇される従業員が権利放棄するという条件で、従業員の1ヶ月または2ヶ月分の賃金と同等額で再就職支援サービスを雇い紹介することによって、将来生じえる訴訟を回避することができる。このように、3ヶ月分の賃金に相当する額の退職手当を支払う代わりに、会社は、退職合意書に従って、賃金2ヶ月分の退職手当を従業員に支払い、再就職支援サービス・プログラムを3ヶ月間提供することができる。しかし、再就職支援サービス会社を選択するのは、会社であり、解雇される従業員ではないこと、および従業員がかかるサービスを利用する場合にしか会社はその料金を負担しないことも、同合意書に記載すべきである。会社は、従業員が再就職支援サービスを実際に利用するかどうかわからないまま、料金を負担することを記載すべきではない。
退職合意書を作成する際には、インターネットでそのテンプレートをダウンロードすればよいというものではない。同合意書に含めるべき適切な文言を理解し、記載することによって、退職する従業員の権利放棄条項を効果的に定めることができ、さらに訴訟も回避できる。それだけでなく、適切な文言を記載することにより、会社の多種多様の目標を達成できるという点も同様に重要である。
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