商事紛争の場面では、会社が訴訟を提起して「勝訴する」ためには、事実上および法律上、数々のハードルを乗り越えなければなりません。特に、他社による知的財産権侵害を主張して訴訟を提起する場合には、原告がとりわけ留意すべき重要な点があります。原告が自社の知的財産を保護するために、日頃から適時に合理的な措置を講じていたことを裁判所に認めてもらう必要があるという点です。
言い換えれば、米国では、自社の知的財産を守るために日頃から合理的かつ慣行的な対策を講じることを怠っていた場合には、いざ訴訟を起こして知的財産侵害を主張しても、裁判所は容易に原告の主張を支持してくれません。このことから、知的財産訴訟では、訴訟開始前からその勝敗の決着がついてしまっていることが多くあるといえます。訴訟となった場合に自社の知的財産を侵害から守り勝訴するためには、自社の知的財産の価値を高く評価し、知的財産を守るために必要な措置を講じてきたことを、対外的に(裁判所に)示せるよう、「今から」適切な実務対応や方針を確立しておくべきといえます。
商取引に関連する知的財産は、基本的に次の4つのカテゴリーに分類されます。
- 商標
- 著作権法により保護されるもの
- 企業秘密
- 特許
特許権の権利行使に適用される規則は、他の3つのカテゴリーの知的財産保護のために適用される規則とは大きく異なるため、本稿では、特許については割愛します。
商標の使用状況のモニタリング コモンロー商標と登録商標は、いずれも、会社の製品やサービスを一般人が識別するために使用される言葉、語句、記号および画像を指します。誰もが容易に認識できる商標には、何百万ドルもの価値がある場合があります。このような商標は、顧客に製品やサービスを即時に伝達し、業界における販売者の評判や製品・サービスに期待できる品質レベルを想起させることができるからです。
しかし、他社による貴社の商標またはその類似の使用を発見した場合に、裁判で当該使用の差止めを請求しようと考える場合には、まずは貴社で商標の不正使用を監視し、そのような無断使用を積極的に阻止しなければなりません。これには、販売店、セールスレップ(Sales Representative)およびその他の友好的な販売代理業者が、貴社の製品の販売目的で貴社の商標を無断使用する場合も含まれます。ただし、貴社が明示的に使用許諾(ライセンス)を付与している場合は含まれません。一般的に、これまで自社の商標の無断使用を野放しにしてきた経緯のある会社が、突然特定の侵害を阻止しようと裁判で差止めを請求したとしても、裁判所は好意的な見解を示しません。
著作物の保護 会社が重要な製品情報や製品説明に含まれる自社の「著作権」を認識せず、著作権の行使を怠っていたために、それらを保護する機会を逸してしまうことが少なくありません。ビジネスにおいて著作権で保護されているものは何かと考えたとき、通常、書籍、映画、ビデオゲームなどを想起しますが、著作権の保護の対象には、貴社が費用を支出して作成した、製品またはサービスの説明書、当該製品の写真や図面、詳細な設置マニュアルも含まれ、製品名であっても、製品名が独創的であり、製品自体の説明・描写がない場合にはこれも含まれます。これらの著作権を保持するために、「創作的な著作物(original works of authorship)」として米国特許商標庁(USPTO)に登録する必要はありません。しかし、著作権を登録しておけば、著作権の侵害が認められた場合、著作権者は追加的な損害賠償請求権及び弁護士費用を回収する権利を行使することができます。しかし、ここでも、著作権者が著作権の行使を怠っていた場合には、裁判所が著作権侵害の主張を認める可能性は低くなります。したがって、著作権侵害訴訟では、貴社が侵害の規模にかかわらず全ての侵害に対して一貫して貴社の著作権を行使してきたことが非常に重要となります。
企業秘密の保護 企業秘密の保護に関しては、商標や著作権を保護するためのモニタリングよりもさらに注意を払う必要があります。商標や著作物は、公に配布されて大衆の目に触れられ、影響を与えることが前提となっている一方で、企業秘密は、一般的に、他者(特に競合他社)に開示すべきではないビジネス上の秘密情報で構成されている点で大きく異なります。多くの場合、企業秘密には、マーケティング計画、価格情報と価格計算式、新製品のデザイン、生産方法および顧客情報が含まれ、限られた例ではあるものの、サプライヤー情報が含まれる場合もあります。
企業秘密の定義は州によって異なり、何が正当な企業秘密を構成するかについても米国の裁判所の判断は分かれています。たとえば、価格情報は企業秘密とはなり得ないと判断する裁判所は少なくありません。これは、潜在的な顧客には、秘密保持契約書(NDA)の締結を求めることなく、価格見積りが定期的に提供されているためです。したがって、価格情報は企業の販売戦略においては重要であっても、既存顧客や潜在顧客に共有されているために、訴訟上では企業秘密ではないと結論づけられる場合があります。
しかし、一点、大部分の裁判所の見解が一致している重要な点があります。それは、会社内で秘密情報へのアクセスを制限するために明確な方針を確立し、同方針を厳格に実施していない限り、当該会社には、かかる秘密情報が企業秘密であることを主張する資格がないという点です。つまり、貴社は、可能な限り、秘密情報へのアクセスを職務遂行上必要とする従業員と代理人のみに制限しなければなりません。秘密情報を含む資料に「機密情報・一般回覧不可(Confidential, not for general circulation)」と表示し、かかる秘密情報にアクセスするためにパスワードの入力を必要とするだけでなく、全ての従業員や部署が秘密情報のアクセスできてしまう状態を避けるためにパソコンのファイルやドライブ自体へのアクセスを制限すべきでしょう。たとえば、年間マーケティング計画は、営業部門のみがアクセスできる情報漏洩防止機能を備えたドライブ(セキュア・ドライブ)に保存し、製品開発計画は、エンジニアリング部門のみがアクセスできるセキュア・ドライブに保存することになります。
このように、知的財産の保護に関しては、将来的に裁判になったとしても、可能な限り最善の立場で知的財産侵害による損害および評判の毀損を回避できるように準備しておくことが重要です。そのためには、今から知的財産保護のための実践的かつ効果的な計画を策定し、実行に移すことが求められます。
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