これまでにも当事務所は、ニュースレターやアドバイザリーを通じて、イリノイ州バイオメトリクス情報プライバシー保護法(BIPA: Illinois' Biometric Information Privacy Act (740 ILCS 14/1 et seq.))(以下、「本法」といいます。)の要件と本法を遵守しない場合のリスクに関して概説してきました。
(「イリノイ州バイオメトリクス情報プライバシー保護法によるリスクと遵守: 私的訴訟原因として実際の損害発生は必要ない。(Risks and Compliance Under the Illinois Biometric Information Privacy Act: No Actual Harm Required for Private Cause of Action)」および「イリノイ州の雇用主が懸念するBIPA請求(BIPA Claim Concerns for Illinois Employers)」をご参照。(日本語版はありません。)
下記タイトルの記事では、本法を遵守せずに、顔認証システムにより判別した指紋、手形、声紋、網膜もしくはアイリス(虹彩)および顔面形状の特徴などのバイオメトリクス・データを利用する会社は、過失による違反1件につき1,000ドル、故意による、または、著しい過失による違反(intentional/reckless violation)1件につき5,000ドルの法定の損害金額、または現実に発生した損害金額、弁護士報酬および必要経費を支払う責任を負う可能性があるとしたイリノイ州最高裁判所の画期的な判決について論じました。
Cothron v. White Castle Systems, Inc.事件(2023IL1 28004(Feb. 17,2023)). (「イリノイ州最高裁判所の判決により、本法に違反する企業に生じ得る多大な損害(Illinois Supreme Court Decision Exposes Companies to Potentially Catastrophic Damages For BIPA Violations)」をご参照。
この判決によれば、タイムキーピングやセキュリティ管理においてバイオメトリクス・データを利用している会社が、本法を遵守しなかった場合は、各認証スキャンによる損害に対して数十億ドルの賠償責任を負う可能性があります。
2023年6月30日、連邦地方裁判所は、Cothron事件の判決に依拠して、本法に基づく損害総額の判断においては裁量が認められるのであり、法定の金額を認定しなければならないものではないと判示して、クラス・アクションの原告らに対する2億2800万ドルの損害賠償の支払いを認めた自身の判決を覆しました。同裁判所は、損害金額に関してのみ新たなトライアル(事実審理)が
行われるべきであるとして、本事件の審理を陪審員に戻しました。(Rogers v. BNSF Railway Company (Case No. 19 C 3083) 事件)
本事件において、BNSF鉄道会社(「BNSF」)(被告)は、イリノイ州にある4か所の施設でトラック運転手の出入りを管理するため、オート・ゲート・システム(AGS)の設置・管理について第三者企業と契約を結びました。運転手が安全設備が設置された鉄道ヤード(操車場)に入る際には、身元確認をするために本システムによる手形のスキャンを義務付けられていました。運転手ら(原告ら)は、BNSFはかかるスキャンの実施について運転手らの同意を得ていない、または本法で義務付けられた通知を運転手らに提供していないと主張しました。
本事件のトライアルは5日間に亘って行われ、陪審員は、BNSFは著しい過失または故意によって45,600件にのぼる本法への違反を行ったとして、原告ら、Rogers氏を含むトラック運転手ら(クラス・アクションで認証されたクラス)に有利な判断を示しました。本法では、過失による違反の場合は、各違反につき1,000ドル、著しい過失または故意による違反の場合は、各違反につき5,000ドルの法定損害金額(liquidated damages)を定めています。裁判所は、陪審員の上記判断に基づいて損害金額を計算し、2億2,800万ドル(5,000ドルの45,600倍)の損害賠償を認める判決を下しました。両当事者はトライアル後の異議の申し立て(post-trial motions)を行いました。
異議の申し立ての審理において、連邦地方裁判所は、イリノイ州最高裁判所がこれまでに決定したことのない法律の問題については、同最高裁判所がかかる問題をどのように決定するか予測しなければならないと認識しました。同連邦地方裁判所は、イリノイ州最高裁判所が、Cothron事件において、本法第20条の「[a]勝訴当事者は、本法の各違反につき[損害金額、弁護士報酬および費用、ならびにその他の救済手段]を回収することができる」という文中の「may(可能性)」(本文でのみ強調)という言葉を引用していることに着目しました。そして、州議会(General Assembly)は、損害金額の判断を義務的なものというよりは、裁量的なものとみなすことを選択していると結論づけました。
したがって、損害賠償責任が確定された後の損害金額の決定は、裁判所ではなく、陪審員が判断すべきものであるとして、同連邦地方裁判所は、問題の争点を損害金額に限定した新たなトライアルを行うことを許可しました。当然、陪審員は、最終的には、損害金額の算定において裁判所が用いた方法と同じ方法を用いることはできますが、本事件の判断は、本法の違反を理由に訴えられた被告当事者に対し、損害金額は、本法の規定を用いて計算された損害金額の総額よりも低い額にすべきだと主張する根拠を与えることになります。
前述のような重大な責任が生じ得ることを考慮し、バイオメトリクス・データを使用する企業は、その使用目的が何であろうと、本法への適合性を確認するために、弁護士に相談することをお勧めします。
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