カリフォルニア州最高裁判所は、Hohenshelt v. Superior Court, 18 Cal.5th 310 (2025) において、仲裁費用の支払いについて定めるカリフォルニア民事訴訟法典第1281.97条乃至第1281.99条の解釈を示しました。これらの規定は、雇用・消費者仲裁において、契約を起草した当事者(通常は使用者または事業者)に対し、仲裁費用をその支払期日から30日以内に支払う義務を課すものです。この支払いが遅延した場合、その不履行は「重大な違反(material breach)」とみなされ、労働者または消費者は仲裁から離脱して裁判所に戻り、訴訟費用および制裁の申立てを行うことができます。下級審はこの規定を非常に厳格に適用してきたため、とりわけ多数の個別的な仲裁申立てが一度に提起される「集団仲裁」(mass arbitration)の場面では、企業側にとって大きなリスクとなっていました。
多くの企業にとって問題になるのは、30日という日数そのものというよりも、集団仲裁が発生した場合のオペレーションです。すなわち、一つの事案について、数百件から場合によっては数千件の個別の仲裁申立てが生じ、それぞれに個別の請求書が発行されるため、数百万ドル規模の費用が当該30日の間に生じます。企業側は、それら多数の請求書を識別し、内容を確認し、法務・財務部門での処理を行い、承認を受け、このような費用の処理のために設計されているものでない通常の買掛金(A/P)処理システムの中で支払わなければなりません。加えて、要件を満たしていない、あるいは不備があると思われる申立ても含まれるため、届いた請求書について「とにかく全部支払う」という対応を行うことには合理的な躊躇が生じます。
州最高裁は、二つの重要な判断を示しました。第一に、州最高裁は、上記の仲裁費用に関する州法上の準則は連邦仲裁法(FAA)によって排除(preempt)されない旨判示しました。当該準則は、仲裁合意の成立や有効性そのものではなく、合意後の当事者の行為を規制するものであり、仲裁を阻害するのではなく、むしろ仲裁が行われることを目指すものであると位置付けたためです。
第二に、州最高裁は、「いかなる遅延も直ちに権利喪失(forfeiture)につながる」とする機械的な見解を退けました。代わりに、裁判所はカリフォルニア契約法上の原則を適用し、支払遅延が故意もしくは重過失によるもの、または詐欺的なものでない場合には権利喪失の救済(relief from forfeiture)を受ける余地があるとしました。いい換えれば、注意義務を尽くしたうえでの短期間の遅延や偶発的なミスであって、そのことが誠実な努力の証拠によって裏付けられるのであれば、企業側が直ちに仲裁手続を行う権利を失ったり、最も重い制裁を科されたりするべきではないということです。
また、州最高裁は、30日という期間はあくまでデフォルトルールであり、当事者が仲裁条項の中で、実務上の支払処理と整合的な別の支払期限を合意することも可能であることを確認しました。
中規模から大規模の企業にとって、上記の仲裁費用に関する州法上の準則が重要であるという点は今も変わりません。これらは依然として労働者や消費者にとって強力なツールであり、労働者側、消費者側の「集団仲裁」戦略の中核をなす規定です。もっとも、Hohenshelt 判決は、許される過失(excusable neglect)や誠実な努力があれば、遅延の法的帰結が一定程度緩和され得ることを認めました。
今後の主たる争点は事実関係、すなわち「遅延が意図的または著しく軽率なものだったのか、それとも合理的に設計された社内プロセスの中で生じた、理解可能なミスだったのか」という点になるでしょう。これにより、軽微な事務上のミスに起因するリスクは一定程度低減されますが、その一方で、上記準則自体がFAAにより排除されるため無効であるとの主張は、企業側にとって有望とはいえなくなりました。
実務的には、カリフォルニアへのエクスポージャーを有する企業は、少なくとも次の三点に取り組むべきと考えられます。
第一に、カリフォルニ州法が適用され得る仲裁条項を再点検し、現実的な仲裁費用の支払期限や、これらの請求書の送付先・送付方法等に関する明確な規定を置くことを検討すべきです。
第二に、仲裁費用の請求書を処理するための内部統制を構築すべきです。具体的には、請求書の一元的な受付窓口、明確化された承認フロー、バックアップ手順、そして万一の遅延が生じた場合にその理由と対応を説明するための文書化を整備することが重要です。
第三に、こうした新たなルールを前提に、集団仲裁への対応戦略を見直すことです。
依然として原告側に相応のレバレッジがありますが、企業側にとって、規律あるプロセスと、故意でない遅延であることを示すことが、仲裁手続を維持し、裁判所への出戻りを求める動きに対抗することに資することになります。とりわけ、カリフォルニア子会社を管轄する米国外の本社にとっては、グループ全体の契約テンプレートや現地の支払いに関する実務が、Hohenshelt 判決により明確化された州法上の準則と整合しているかを確認する好機であるといえるでしょう。
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